東京から大阪に鉄道で移動する際、手にするきっぷ。そのきっぷには通常「東京都区内→大阪市内」と表示されています。
これは、東京23区内や大阪市内にあるJR駅をそれぞれ1つのゾーンとして扱うためです。片道201km以上の長距離きっぷに適用される制度で「特定都区市内制度」と言われるものです。
ところが、長距離きっぷであっても特定都区市内制度が適用されず、単一の駅がきっぷに表示されていることがまれにあります。上記の例では、きっぷに「東京→大阪」と表示されます。これは、特定都区市内制度の規定に例外があるからです(旅客営業規則第86条ただし書き)。
この微妙な違いに違和感をお持ちでしょうか。この現象に気付き、不思議に感じるようであれば、完全にプロフェッショナルです。この現象の希少さに筆者も興味を持ち、実際にこのきっぷを購入してみました。
この記事では、JRきっぷにおける「特定都区市内制度」の例外がどのような場合に生じるか、実例を示しつつ深掘りします。そして、実際に購入したきっぷ「東京→大阪」を使用し、実際に修行した体験をご紹介します。
- 特定都区市内制度の例外によって単駅扱いになる場合があること
- いわゆる70条ゾーンと大阪市内の通過特例に注意が必要なこと
- この規定は普通乗車券のみで料金には適用されないこと
当記事を読み進めるには、特定都区市内制度についておさらいしていただくことをおススメします。特定都区市内制度の基本についてまとめた以下の記事(↓)も、是非ご一読ください。
「東京→大阪」と「東京都区内→大阪市内」のきっぷを比較
さっそく、件のきっぷを見てみましょう。
これは、東京駅から大阪駅ゆき普通片道乗車券です。きっぷ上の発駅と着駅の表示が「東京 ➡ 大阪」となっているではありませんか。あれっと思いませんか?
別のきっぷをもう一枚お見せします。
こちらの方は、大阪市内から東京都区内ゆき普通片道乗車券です。このきっぷの表示は「大阪市内 ➡ 東京都区内」です。これは見慣れた感じがすると思います。
東京駅から大阪駅まで向かうきっぷである点は両者とも同じですが、駅名表示が異なるのはどうしたことでしょうか?
違いは、それぞれのきっぷの経路です。経路次第では、東京都区内や大阪市内といった特定都区市内制度が適用されるのではなく、単一の駅が発駅もしくは着駅になります。単一の駅と申し上げましたが、これを「単駅扱い」といいます。
発駅と着駅の表示が異なるのは単なる好みではなく、運送約款上のルールに沿った結果です。これから、このからくりを具体的にお話ししていきたいと思います。
特定都区市内のゾーンを一旦出てから当該ゾーンにブーメラン帰りし、それから他の駅に向かう経路がルールの例外となり、特定都区市内制度の対象外となります。
特定都区市内制度の例外が発生する根拠
主な大都市には、JRの駅が集中しています。それらの駅をひとつのゾーンとして、ゾーンからゾーンまでのきっぷとする考え方が、JRきっぷにおける「特定都区市内制度」と言われるものです。きっぷ発売の簡素化を図るために実施されています。
特定都区市内制度においては、各ゾーンに中心駅があります。その中心駅からの営業キロが片道201km以上となる場合に特定都区市内制度の対象となり、発駅および着駅が「東京都区内」もしくは「●●市内」となります(「東京山手線内」に限っては片道101km以上が対象)。
【東京都区内】中心駅:東京駅
【大阪市内】中心駅:大阪駅
特定都区市内制度については、JR各社のルールブックである「旅客営業規則」第86条に規定されています。
注目したいのが、この条文の後半にあるただし書きです。難しい言い回しをした条文ですが、特定都区市内のゾーンをいったん出てから再び戻り、当該特定都区市内のゾーンを通過してどこか他の駅に向かうと、ただし書きが適用になります。また、特定都区市内のゾーンを通過してから再び当該特定都区市内のゾーンに戻る場合も同様です。
ただし書きの適用条件が満たされると、経路組みに当たって特定都区市内制度の対象外となります。つまり、中心駅から運賃計算をするのではなく、実際に発着する駅から運賃計算を行います。きっぷに表示される発駅および着駅は特定都区市内制度のゾーンではなく、単駅扱いとなります。
この場合も、一筆書きの経路であることが必須なことは言うまでもありません。一筆書きの経路でこの条件を満たすことがあまりないため、ただし書きが実際に適用されることは珍しいと思います。
特急券・グリーン券は制度の対象外
今ご説明した旅客営業規則86条は、普通乗車券に関する規定です。したがって、特急券やグリーン券には特定都区市内制度がありません。実際に乗車する駅間で料金計算を行います。
これは、新大阪駅から東京駅ゆき新幹線特急券です。それぞれの駅が特定都区市内制度のゾーンに含まれますが、各ゾーンにある中心駅相互間の料金ではなく、実際に発着する停車駅相互間の料金となります。この特急券にもそれが反映されています。
経路組みする上で注意すべき事項
ここまでお話が進んだところで、特定都区市内制度が適用されず単駅扱いとなる乗車券を買ってみたいと思ったのではないでしょうか。
東京都区内ゾーンや大阪市内ゾーン周辺には運賃計算上の特例が多くあり、運賃計算結果が思ったように得られないことが往々にしてあります。ここでは、運賃計算を難しくする特例を二つほど説明します。
東京付近の経路特定区間(いわゆる70条ゾーン)にかかる特例
この図の通り、東京山手線内のエリアおよび赤羽駅・錦糸町駅にかけてのエリアは、東京付近の経路特定区間に指定されています。この規定が旅客営業規則70条に定められていることから、いわゆる「70条区間」あるいは「70条ゾーン」と呼ばれています。
70条ゾーンを通過する場合、実乗経路にかかわらず最短経路で運賃計算することが強制されます。その際、きっぷには経路を指定しないことになっています。
運賃計算上経路を指定しないこともあり、複乗しない限りこのゾーン内では任意の経路を迂回乗車できます(旅客営業規則160条)。
この特例によって、東京付近を経路に含めると一筆書きの経路が成立しにくくなります。東京都区内の駅からいったん外に出て、70条ゾーンに戻ると一筆書きにならない場合が多く、特定都区市内制度を不適用(単駅扱い)とする妨げになります。
東京都区内を経路に含める場合、70条ゾーンには細心の注意を払う必要があります。
「横浜市内」および「大阪市内」発着となる乗車券による市外乗車の特例
特定都区市内制度の対象駅が新路線や新駅の開業によって増える場合があります。横浜市内では羽沢横浜国大駅、大阪市内ではJR東西線やおおさか東線の各駅が、その例に該当します。
新駅開業に伴って特定都区市内制度のゾーンに齟齬が発生するため、市外乗車の特例が定められることがあります(旅客営業規則第160条の3第2項)。
横浜市内では、羽沢横浜国大駅に出入りするために、武蔵小杉駅(川崎市中原区)まで乗車できます。
大阪市内では、JR東西線尼崎駅(兵庫県尼崎駅)およびおおさか東線久宝寺駅(大阪府八尾市)が市外乗車の特例に該当します。
尼崎駅や久宝寺駅を経由する場合、いったん大阪市外に出るとはいえ、この特例があるため86条ただし書き(特定都区市内制度不適用)の経路にはなりません。
したがって、東京都区内や大阪市内を発着・通過する経路を86条ただし書きの経路にするためには、かなりの工夫が必要になります。
筆者の経路組みの実際
86条ただし書きのきっぷに最もふさわしいのが、冒頭にあげた「東京→大阪」でしょう。筆者もこのきっぷが欲しいあまり、時刻表の地図とにらめっこしました。
70条ゾーンや市外乗車特例と格闘した後に導き出した経路が、下表の通りです。
発駅 | 経由 | 着駅 | 営業キロ |
東京 | 東北 | 赤羽 | 13.2 |
赤羽 | 埼京 | 武蔵浦和 | 10.6 |
武蔵浦和 | 武蔵野 | 府中本町 | 29.8 |
府中本町 | 南武 | 武蔵小杉 | 20.4 |
武蔵小杉 | 横須賀線 | 品川 | 10.0 |
品川 | 新幹線 | 新大阪 | 545.8 |
新大阪 | おおさか東線 | 放出 | 11.0 |
放出 | 片町線 | 木津 | 41.6 |
木津 | 関西 | 天王寺 | 44.5 |
天王寺 | 大阪環状 | 西九条 | 7.4 |
西九条 | 大阪環状 | 大阪 | 3.6 |
合計 | 737.9 |
東京駅を発着駅とすると、70条ゾーンの制約にかなり引っ掛かりやすくなります。70条ゾーンにブーメラン帰りすると、一筆書き経路が成立しなくなります。そのため、今回は東京駅を出発してから武蔵浦和駅(さいたま市南区)・府中本町駅(東京都府中市)・武蔵小杉駅(川崎市中原区)を経て品川駅まで戻る形を取りました。
新大阪駅(大阪市淀川区)まで新幹線で移動し、おおさか東線と片町線を経由して奈良駅(奈良県奈良市)へ。奈良駅から関西本線と西九条駅(大阪市此花区)を経て、大阪駅(大阪市北区)に到着する形です。久宝寺駅(大阪府八尾市)は上述した市外乗車の特例に該当するため、今回は無難に奈良駅まで大回りしました。
でき上がったきっぷは、自動改札を通れる8.5cmサイズのマルス券です。経由欄が印字しきれず、多くの経路が手書きされました。いっそのこと12cm券が欲しかったのですが、力及ばず。。
インスタ仕立ての修行体験をご覧ください!
実際に修行!
購入したきっぷを使用し、実際に東京駅から大阪駅まで列車に乗車しました。これから、筆者が経路通りに列車に乗車した際の様子をお伝えしたいと思います。
東京地区を出るまでの旅程
まずは、東京駅を出発し、東京都区内周辺の線区を経由して品川駅まで戻り、東海道新幹線に乗車するまでの様子です。
購入したきっぷを実際に使い、東京駅から大阪駅までの修行を行ったのは、一年で最も日照時間が短い12月半ばでした。外が明るくなり始めた朝7時の東京駅丸の内北口は、なかなか清々しいです。
東京駅から東海道新幹線に乗車するのではなく、上野東京ラインで赤羽駅まで北上。ちょうどサンライズ出雲・瀬戸号が東京駅に入線していました。
大阪駅ゆきのきっぷで上野東京ラインの列車に乗車するのですが、どこか間抜けな感じがします。。
赤羽駅で埼京線に乗り換え、武蔵浦和駅へ。さらに武蔵野線の乗り換え、東京メガループへ入りました。平日8時台で、通勤ラッシュ真っ只中でした。
武蔵野線の終点、府中本町駅から、南武線と横須賀線を乗り継いで、一路品川駅へ向かいました。
東京地区から大阪地区へ移動!
品川駅から新大阪駅までは、東海道新幹線での移動でした。大阪地区での修行に再び入るまで座席でゆったり休息でき、束の間の小休止になりました。
品川駅から、いよいよ東海道新幹線に乗車。東京駅に比べ、実用に徹したシンプルな造りの駅です。
のぞみ号新大阪駅ゆきに乗車。
大阪地区に入ってから大阪駅に至るまでの旅程
新大阪駅に到着してからは、在来線の普通列車を乗り継ぐ修行が再び始まりました。ここでは、大阪地区の普通列車を乗り継ぎ、終着の大阪駅に着くまでの道中をご紹介します。
新大阪駅からは、おおさか東線に乗車。
昼下がりのおおさか東線は、かなりまったり。
放出駅(はなてんえき)で、片町線木津駅ゆきに乗り換え。JR東西線と直通運転する列車は、JR西日本管内では珍しいオールロングシートの車両です。
木津駅を経て、奈良駅に到着。日没が近い時刻になっていました。奈良駅から大和路快速に乗車し、一路天王寺駅へ。日が暮れて、車窓の眺めがなくなりました。
天王寺駅で途中下車。単駅扱いの乗車券なので、大阪市内であっても途中下車が可能です。きっぷに途中下車印をもらってからすぐに、大阪環状線の列車に乗り換え。
大阪環状線専用の321系電車が新しく、なかなか快適です。
18時過ぎに、最終目的地の大阪駅に到着。すでに帰宅ラッシュの時間になっていました。今回、特定都区市内制度不適用のきっぷで経路通りに乗車したら、まるで修行の境地に至りました。きっぷを買うのも乗車するのも仙人技のような気がします。
東京都区内や大阪市内以外のゾーンでも単駅扱いの可能性が
特定都区市内制度の適用を回避し、単駅表示のきっぷを手にする体験は、東京都区内や大阪市内に限りません。他のいずれのゾーンでも当該ゾーンを一旦通過し、外に出てから再び戻る経路があります。
特定都区市内制度が適用されるきっぷであれば、ソーン内の駅では通常途中下車できません。86条ただし書きのきっぷを使用し、それらの駅で途中下車する非日常感を体験してみてはいかがでしょうか。
まとめ
500km以上離れている東京駅から大阪駅までの普通乗車券には特定都区市内制度が適用され、普通は「東京都区内→大阪市内」というきっぷを手にします。しかし、制度には例外があり、条件を満たすと単駅扱いのきっぷ「東京→大阪」のきっぷを購入することが可能です。
着駅が属する特定都区市内のゾーンをいったん通過して市外に出て、再び当該ゾーンに戻ってくる場合、あるいは発駅が属する特定都区市内のゾーンからいったん外に出てから当該ゾーンを通過し、他の駅に向かう場合には、特定都区市内制度の対象外となります。
その場合、経路通りに乗車しなければならない代わり、本来途中下車できない市内駅でも途中下車が可能です。
東京都区内や大阪市内のゾーンには、70条ゾーンや市外乗車特例など他の運賃計算特例があることから、経路組みが難しくなっています。筆者が購入し、修行したきっぷの経路が「東京→大阪」間の最短経路だと思われます。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料 References
● JR旅客営業制度のQ&A 第2版(自由国民社)2017.5
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第70条(特定区間における旅客運賃・料金の営業キロ又は運賃計算キロ)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第86条(特定都区市内にある駅に関連する片道普通旅客運賃の計算方)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第160条(特定区間発着の場合のう回乗車)
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第160条の3(特定都区市内等における折返し乗車の特例)
改訂履歴 Revision History
2024年5月05日:初稿 修正
2024年3月12日:初稿 修正
2024年01月06日:初稿
コメント
来月以降、単駅扱いの乗車券で旅行をするのですが勉強になりました。
券面を見ても120mmかと思ったのですが、経費削減の絡みでしょうか。
私は㋰区間変更扱いで作成してもらいますが・・・
質問ですが、大阪駅で途中下車します。最終的な下車駅を大阪駅にするのは重複する為、駄目でしたっけ。
コメントありがとうございます。
経路が一筆書きになるのであれば、大阪駅を経由してから大阪駅を着駅とできると思います(途中下車する際すったもんだしそうですが)。有効期間2日間以上であれば、途中下車もオッケーです!
一応大阪市内・横浜市内の区間外乗車は旅規上「〜乗車することができる。」なので実乗車経路通りに発券する自体はできますね…ただ大阪市内はともかく横浜市内の方は発券してくれるか相当怪しいですが…(いずれも武蔵小杉/尼崎/久宝寺で途中下車したいといえば発券してくれると思うが…?)
あと85mm券で発券されたのは、日暮里〜赤羽の扱いが非常にややこしいことになっていて、マルス経由線(券面印字等に使用)では(東京〜)日暮里〜尾久〜赤羽(〜盛岡)が東北本線、日暮里〜田端(〜新宿)が山手線、田端〜赤羽が京浜東北線(か東北本線支線、きっぷ印字は東北)となっているのに対し、磁気上は(東京〜)日暮里〜田端〜赤羽(〜盛岡)が東北本線、日暮里〜尾久〜赤羽が尾久支線、田端〜新宿が山手線になってる関係で、接続駅数(磁気には路線名でなく駅名が書かれる)が9駅となってしまい、120mm券となる11駅に達しないために85mm券になったと思われます…たぶんこのまま放置されてるのはどうせ長距離は70条通過か都区内着で印字されないし、短距離なんてあまり発行しないという事情と思われます
(ちなみに書き切れた場合の経由は「経由:東北・山手・東北・北赤羽・武蔵野・南武・横須賀線・品川・新幹線・新大阪・おおさ東・片町線・関西・大阪環(・京橋)」となると思われます…参考までに)